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第二章 再会は最悪で最低15

last update Last Updated: 2025-01-16 17:56:46

   +

「紫藤さんが甘藤のCM出たから、ツアーのスポンサーになってくれたわ」

池村マネージャーから報告を受けたのは、振付の確認をCOLORメンバーとしていたダンススタジオでのことだった。

汗を拭きながら冷静なフリをする。

また美羽の会社と関係することができたが、美羽に会うことはできるだろうか。

「マネージャー。関係者席で甘藤の社長さんにチケット送るでしょ? コマーシャルの撮影に来てくれたあの人たちも招待してあげたら?」

「そうですね。用意しておきましょうか」

必ずしも美羽が来るとは限らないが、可能性はある。

次こそ、会えるチャンスがあったら絶対に逃がさない。

そんな決意を胸の中でそっとして仕事に励んでいた。

家にいる時は、いつもあの「花のしおり」を見ている。

今日も一人でビールを呑みながらネットでいろいろ調べる。

「しおり」について有力な情報は得ることができない。

美羽は、なぜあんなにも取り返そうとしたのだろうか。

チャイムが鳴りドアを開けると、寧々がいた。

「帰ってきてたんだ? お邪魔するよ」

寧々は、わざわざ俺と同じマンションに引っ越してきた。

最近は、モデル業の傍ら女優としても才能を開花させている。

入っていいと言ってないのに、寧々は中に上がってきてソファーに座った。

「また見てたの? ボロボロしおり」

「悪い?」

「大樹ったら、相変わらず冷たいな。そんなにあたしのこと嫌い?」

顔を覗き込んでくる。

「嫌いじゃない。恩は感じてるよ」

細い足を組んでフーっとため息をつかれる。

「なんかさ、最近、大樹おかしくない? 様子が変というか。あの時に似てるというか、抜け殻みたいな……」

あの時とは、美羽と別れた直後のことだ。

俺のスキャンダルを消してくれたのは、寧々の親父である大物プロデューサーのおかげだった。

だから、寧々には頭が上がらない。

「べつに、普通だけど?」

「大樹。また変な女に引っかかっているんじゃないよね?」

「……まさか」

美羽は変な女じゃない。寧々は、失礼な奴だ。

「なんで大樹は、あたしのこと好きになんないのかなぁ」

「俺は簡単に人を好きにならないから」

「あたしは大樹のこと、大好きなのに、報われないの?」

つぶやくように言う寧々は、俺の様子を窺っている。

「寧々みたいな美人なら男なんて選び放題でしょ」

「うん。でも、大樹がいい」

「お前もそろそろ
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